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横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)1377号 判決

原告 山下延明

右訴訟代理人弁護士 三野研太郎

右同 武井共夫

被告 丁原三郎

被告 甲野春男

被告 乙川一郎

右訴訟代理人弁護士 津谷信治

右訴訟復代理人弁護士 蛭田孝雪

被告 田中四郎

右訴訟代理人弁護士 大河内秀明

被告 丙沢二郎

被告 国

右代表者法務大臣 後藤正夫

右指定代理人 萩原秀紀 外五名

主文

一  原告に対し、被告丁原三郎、同甲野春男、同乙川一郎、同田中四郎、同丙沢二郎は各自金三五六〇万一一一二円及び内金三二三九万八一二四円について昭和五九年八月二日から支払済みまで、内金三二〇万円について昭和五八年一二月一九日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を、被告国は金一三一七万七六五七円及び内金一一九七万七六五七円について昭和六三年一月一日から支払済みまで、内金一二〇万円について昭和五八年一二月一九日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告丁原三郎、同甲野春男、同乙川一郎、同田中四郎、同丙沢二郎との間に生じた分は全部右被告らの負担とし、原告と被告国との間に生じた分はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告国の各負担とする。

四  この判決は、被告丁原三郎、同甲野春男、同乙川一郎、同田中四郎、同丙沢二郎に対する部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対しそれぞれ金三九四九万八一二四円及びこれに対する昭和五八年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告丁原三郎)

原告の被告丁原三郎(以下「被告丁原」という。)に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(被告甲野春男)

原告の被告甲野春男(以下「被告甲野」という。)に対する請求を棄却する。

(被告乙川一郎)

原告の被告乙川一郎(以下「被告乙川」という。)に対する請求を棄却する。

(被告田中四郎)

原告の被告田中四郎(以下「被告田中」という。)に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(被告丙沢二郎)

原告の被告丙沢二郎(以下「被告丙沢」という。)に対する請求を棄却する。

(被告国)

原告の被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  土地登記簿の偽造

(一) 被告甲野と同丙沢は昭和五八年一一月上旬ころ知り合い、被告丙沢は被告甲野から紹介を受けた金融業者代照から、自己の実弟丙沢幸彦所有のマンションを自己の所有であるかのように装って、これを担保に八五〇万円を借り受けたが、同月下旬右マンションが被告丙沢の所有でないことを代照に知られ、被告丙沢及び同人を紹介した被告甲野は代照から八五〇万円の返済を強く求められ、同年一二月二日被告甲野は代照に対して同五九年一月末日までに八五〇万円を責任をもって支払う旨約束せざるをえなくなり、同人は右金員の工面に窮することになった。

(二) そこで同月四日ころの夕刻被告甲野は被告丙沢、同田中に対し、他人名義の土地の登記簿の原本を登記所から窃取したうえで、その土地の所有権が他に移転したような記載をして登記簿を偽造することを提案したところ、同人らはこれに賛同した。翌五日ころ被告丙沢と同甲野はその対象とすべき他人名義の更地を一〇か所選定し、翌六日ころ被告丙沢と同田中は横浜地方法務局金沢出張所(以下「本件登記所」という。)へ行き、前日選定した土地の登記簿謄本の交付を受け、公図の写しを作成し、これらを被告甲野に手続した。翌七日ころの夜に被告甲野は横浜市南区中村町の中村トモエ方(以下「中村方」という。)居室において被告丙沢と同田中に対して右土地の中から森下一男名義の二筆の土地登記簿の原本を本件登記所から窃取して、偽造することを伝えた。

(三) 被告甲野は同月九日ころに以前から顔見知りであった被告乙川に対し、右土地登記簿の偽造にあたり森下一男よりその所有権を取得した者として登記簿に氏名を記載し、所有者になりすまして、金融業者から金員を騙取する役割を果たすのに適切な人物の紹介を依頼したところ、両名はこの計画に賛同し、同月一一日ころに被告乙川は被告甲野に対して、被告丁原を紹介し、被告甲野は両名に対し、右土地の登記簿を偽造し、その登記簿謄本や登記済証を使って金融業者から金員を騙取する計画を話したところ、両名はこの計画に賛同し、被告丁原において右の方法で金融業者から金員を騙取する役割を担当し、被告乙川においては金員を騙取する対象の金融業者を探すことにした。

(四) 同日ころ被告甲野は被告丙沢、同田中に対して金融業者から金員を騙取する者(被告丁原)の氏名、住所、生年月日を知らせ、さらにもう一人の協力者(被告乙川)がいることを示唆した。そして、騙取した金員については、まず登記簿原本を窃取し、偽造する者ら(被告甲野、同丙沢、同田中)と金融業者から借用金名下に金員を騙取する者ら(被告丁原、同乙川)との間でこれを折半したうえ、それぞれの内でさらに分配することにし、翌日被告丙沢と同田中は本件登記所に行き右土地の登記簿を盗み出すことにした。ここにおいて被告ら全員に登記簿偽造及びこれを利用した金員騙取についての共謀が成立したものである。

(五) 同月一二日ころ被告丙沢と同田中は本件登記所へ行き、被告丙沢がまず森下一男名義の土地登記簿の閲覧申請をし、右土地の登記用紙を綴じてあるバインダー式の登記簿冊を担当登記官より受取り、被告丙沢と同田中が閲覧室において、本件登記所の職員の隙を狙って右バインダーより別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を含む森下一男名義の土地の登記簿原本四枚を抜き取り、被告田中が予め用意していたタイプ用紙の間にはさみ同人が閲覧室に持ち込んでいた紙袋に入れて同所より持出し、被告丙沢は右バインダーを担当登記官に返却した。

(六) 同月一三日ころの夜から翌日ころにかけて中村方において被告丙沢と同田中は協力して、登記記入に使用しているものと同型の活字を装着したタイプライターを用いて右登記用紙甲区欄中の順位欄に「弐」事項欄に「所有権移転昭和五八年参月八日受附第五七弐九号、原因昭和五八年参月八日売買、所有者東京都新宿区新宿○丁目×番△号丁原三郎」と記入し、予め用意しておいた登記官荒井と刻した印鑑の印影をその末尾にプリントゴッコという転写機(以下「プリントゴッコ」という。)で転写し、本件土地の所有権が森下一男から被告丁原に移転したかのような記載をして登記簿原本を偽造した。

(七) 同月一四日ころ再び被告田中、同丙沢、同甲野は本件登記所に行き、被告丙沢と同甲野が本件土地の登記簿の閲覧申請をし、両名が担当登記官より登記簿冊を受取り、閲覧室に入り、被告丙沢がバインダーをはずしたところへ被告田中がタイプ用紙にはさんで紙袋に入れて持っていた右偽造登記簿原本を取り出し、これを被告丙沢が受取り、右登記簿冊の所定の位置に挿入、編綴し、担当登記官にそれを返却した。同日ころ被告甲野は本件土地の登記簿の謄本の交付を受けた。

2  登記済証の偽造

同日ころ被告丙沢と同田中は横浜市鶴見区所在の文房具店宏栄商事で不動産登記申請用紙一式を購入し、翌一六日ころの夕刻被告田中、同丙沢は協力して被告甲野が持ってきた横浜地方法務局松田出張所名義の登記済証を参考にして登記申請用紙にタイプライターで所要事項を印字した後、必要な機材を持って横浜市中区末吉町のホテルニューオオタニイン横浜に行き、同所においてプリントゴッコを使用して本件登記所名義の登記済の印影等を右書面に転写して本件登記所名義の登記済証を偽造し、同一八日ころの昼に被告丙沢が被告甲野にそれを手渡した。

3  金員の騙取

(一) 本件土地の偽造登記済証ができ上がる前の同月一四日ころ被告丁原は被告甲野から本件土地の登記簿謄本を受取り、被告乙川の発案で東京都八重洲所在の不動産金融業者ユニオントレードに行き、本件土地を担保に借用金名下に金員を騙取しようと企て、右土地が真実は自己の所有でないのに自己の所有であるかのように装って、本件土地の登記簿謄本を示し、一億円の融資を申し込んだが、相手方の要求した書類を揃えることができなかったので、その目的を達成できなかった。

(二) 同月一七日ころ被告甲野、同丁原は被告乙川の助言に基づいて株式会社伍代商事(以下「伍代商事」という。)から借用金名下に金員を騙取しようと企て、本件土地が真実は被告丁原の所有でないのに同被告の所有であるかのように装って、偽造した右登記済証を持参して三〇〇〇万円の融資を申込んだが同人に拒絶され、その目的を達成できなかった。

(三) 同日ころ横浜市中区不老町一の二所在のシャトレーイン横浜内のレストランにおいて、岩村権高(以下「岩村」という。)が被告丁原を同人の友人として原告に紹介し、被告丁原は原告から本件土地を担保として借用金名下に金員を騙取しようと企て、原告に対し右土地が真実は自己の所有でないのに自己の所有であるかのように装って、自己の経営する京葉ハウジング株式会社(以下「京葉ハウジング」という。)の運転資金として手取額が三〇〇〇万円の融資を申し込んだ。原告は本件土地の所有者を確認するため本件土地の登記簿謄本の交付を受けたところ、同人が本件土地の所有者である旨の記載があったため、原告は被告丁原が本件土地の真の所有者であると誤信して、同月一九日横浜市中区万代町一丁目二番八号鈴木ビル三階グレート商会山下延明事務所で被告丁原と元本四五〇〇万円、弁済期同年二月一八日、利息月五分の約定で金銭消費貸借契約を締結し、同人は原告から右貸付金四五〇〇万円から利息四五〇万円、名義変更費用一二〇万円、取引手数料二〇万円、仮登記費用二〇万円、右岩村に対する仲介手数料五〇〇万円を控除した金三三九〇万円の交付を受けこれを騙取した。

4  登記官の登記簿閲覧監視義務違反

(一) 本件と同種の事犯が以前から東京、盛岡、京都、広島で発生しているにも拘らず、本件登記所の職員はその発生防止のための措置を怠った。

すなわち

(1) 本件登記所の職員は登記簿の閲覧に際し鞄等の持込みを禁止し、その違反がないように閲覧者を監視すべき注意義務があるのにこれを怠り、被告田中が持込み禁止の紙袋を登記簿閲覧室に持込んだのを看過し、この中に本件土地の登記簿原本を入れて持ち帰らせた。

(2) 本件登記所に電動式の鏡を複数個設置し、監視範囲の拡大を図り、閲覧者に適切に監視すべき義務があるのにこれを怠り、登記簿閲覧者を監視するための固定式の鏡を一個設置しただけである。

(3) 本件登記所においては閲覧者のうちバッチ等外観から司法書士あるいはその事務員等であることが分かる者や地元の不動産業者で登記所の職員と面識のある者と一般の者とを区別して後者について監視を強化するというような措置を取っていなかった。

(二) 不動産登記法施行細則(以下「細則」という。)九条は登記用紙の脱落防止、閲覧後登記簿の保管について常時注意すべき旨規定し、また同三七条は登記簿等の閲覧は登記官の面前でさせるべき旨定めている。さらに不動産登記事務取扱手続準則(以下「準則」という。)二一二条は登記簿の閲覧の前後に枚数の確認など登記用紙の抜取や改ざんがなされないように厳重に注意する旨規定している。

しかるに本件登記所においては閲覧の前後に登記簿冊を調べて登記用紙の枚数の確認をせず、また登記官の面前で登記簿閲覧をさせておらず、右各注意義務に違反している。

5  登記官の登記簿謄本の作成交付の際の注意義務違反

登記官は登記簿謄本の作成、交付に当たっては登記簿原本に改ざん等が加えられていないかどうか確認したうえで登記簿謄本を作成、交付すべき注意義務があるのにこれを怠り、登記簿を改ざんされたことに気付かず漫然と本件土地の登記簿謄本を作成、交付した。

6  損害

原告は被告丁原に対して三三九〇万円を交付し、原告はさらに右融資に関して抵当権設定費用及び所有権移転仮登記費用の合計一九万八一二四円を支払い、弁護士費用として五四〇万円を支払う旨約し、合計三九四九万八一二四円の損害を被った。

7  まとめ

よって、原告は、被告丁原、同甲野、同乙川、同丙沢、同田中に対しては、民法七〇九条、七一九条により、被告国に対しては国家賠償法一条によりそれぞれ三九四九万八一二四円及びこれに対する不法行為の日である昭和五八年一二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否と主張

(被告丁原)

請求原因事実のうち、本件土地の登記簿の甲区欄順位番号弐番の箇所に原告主張の記載があること、被告丁原が同甲野、同乙川と共謀のうえ本件土地を担保に借用金名下に金員を騙取しようとを企てた事実、昭和五八年一二月一七日シャトレーイン横浜内のレストランで岩村から原告を紹介された事実、被告丁原が原告に対し、本件土地が真実は自己の所有でないのに自己の所有であるかのように装って、手取額が三〇〇〇万円位になるように右土地を担保に自己の経営する京葉ハウジング株式会社の運転資金の融資を申し込んだ事実、原告から同月一九日に金三二二〇万円を受け取った事実(但し、その場所は横浜市中区不老町一丁目六番地一〇苗場ビル三階司法書士市川丈夫事務所においてである。)は認め、その余の同被告に関する部分については否認し、その余の事実は知らない。

(同甲野)

請求原因事実のうち1の事実については知らない。

請求原因3の事実のうち被告甲野が同丁原、同乙川、同丙沢と共謀のうえ本件土地を担保に金員を騙取したことは認める。被告丁原より交付を受けた金員は二〇〇万円である。

(同乙川)

被告乙川が被告甲野及び同丁原と話し合ったのは被告乙川が選んだ金融業者から金員を騙取することであり、それ以外の者から金員を騙取することまでは話し合っていない。被告乙川は騙取先としてユニオントレード及び伍代商事を選んだが、いずれからも金員を騙取できず、この時点で右被告らとの間の金員騙取の謀議は消滅している。

被告丁原が原告から金員を騙取したことは被告乙川が全く関知しないことであり、被告丁原の独自の判断でしたことであって、原告に生じた損害と被告乙川の行為との間には因果関係はなく、被告乙川に損害賠償責任はない。

(同丙沢)

請求原因事実のうち被告丙沢が同甲野及び同田中と共謀して不動産を担保として借用金名下に貸主から金員を騙取することを企て、被告丙沢が同田中とともに本件登記所から閲覧を装って、本件土地の登記簿原本を盗み出し、右登記用紙に原告主張のとおり記入し、予め用意していた登記官荒井と刻した印鑑の印影をその末尾にプリントゴッコで転写して偽造し、再び閲覧を装って、これを登記簿の所定の位置に戻した事実、被告丙沢が同田中とともに本件土地の登記済証を偽造した事実は認め、その余の事実は知らない。

(同田中)

請求原因事実のうち被告田中が中村方に泊っていた事実、被告田中が同丙沢と本件登記所に行き不動産登記簿の謄本の交付申請をした事実、土地の公図写しを作成した事実は認め、被告田中に関する事実は否認し、その余の事実は知らない。

(同国)

請求原因事実のうち本件土地の登記簿に原告主張の記載があることは認め、その余の事実は知らない。

請求原因4の(一)の(2)の事実のうち本件登記所に設置されていた鏡が一個であることは認める。但し、これは固定式のものではなく電動式のものである。同4の(二)の事実のうち本件登記所の職員が登記用紙の枚数を確認していなかったことは認める。

三  被告国の主張

1  登記官の過失について

(一) 細則九条は「登記官ハ登記用紙ノ脱落ノ防止其他登記簿ノ保管ニ付キ常時注意スベシ」と規定し、さらに同三七条において「登記簿若クハ其附属書類又ハ地図若クハ建物所在図ノ閲覧ハ登記官ノ面前ニ於テ之ヲ為サシムヘシ」と規定し、準則二一二条は登記簿を閲覧させる場合には次の各号に留意しなければならないと規定している。

(1) 登記用紙又は図面の枚数を確認する等その抜取、脱落の防止に努めること。

(2) 登記用紙又は図面の汚損、記入及び改ざんの防止に厳重に注意すること。

(3) 閲覧者が筆記する場合には、毛筆及びペンの使用を禁ずること。

(4) 筆記の場合は、登記用紙又は図面を下敷にさせないこと。

(5) 閲覧中の喫煙を禁ずること。

(二) ところで、右各規定のうち細則九条は登記官の一般的注意義務を規定しただけのものであって、常時という言葉は格別の意味は持たないものである。また細則三七条は登記官の面前において登記簿等の閲覧をさせることと規定しているが、これは登記官と対面して閲覧させなければならないという趣旨ではなく、登記官の目の届く場所で閲覧させるという意味である。

さらに準則二一二条は登記用紙の枚数の確認を要求しているが、これは閲覧の際の登記用紙の抜取、脱落等の事故防止の一方法としての例示にすぎない。

そのことは「枚数を確認する等」という同条の文言それ自体と、登記用紙の枚数を確認することを一義的に義務づけているかのような文言になっていた準則一八六条一項を、乙号事件(謄本、抄本、証明、閲覧等の申請をいう。)の量の増大に伴い、右のような取扱が実行不能になるおそれがあることを考慮して昭和四六年三月一五日民甲五五七号民事局長通達をもって、現行の準則二一二条に改正した経緯からも明らかであって、登記簿の閲覧の前後に担当登記官が登記用紙の枚数を確認しなかったからといって直ちにその職務を懈怠したことにはならない。

(三) ところで昭和五八年当時の本件登記所の年間の乙号事件数は七二万三六五七件であって、一日平均二四一二件に上り、そのうち登記簿及び公図の閲覧件数は二七万五八二七件で一日平均九一九件に達していた。

一日に閲覧される登記簿冊は平均して約二〇〇冊であり、各簿冊には約一〇〇枚の登記用紙が編綴されており、仮に閲覧の前後でこれら全てを点検することになると一日約四万枚の登記用紙を点検することになる。

これに対して昭和五八年一二月当時本件登記所の職員数は所長以下一三名で、乙号事件担当者が四名で、このような状況下において前記のような膨大な数の枚数確認を毎日繰返して行うことは不可能である。

(四) 当時の本件登記所の監視体制は以下のとおりであった。

(1) 閲覧者監視用の電動の鏡を設置し、多くの職員によって監視できるように配慮し、不正行為が行われることを心理的に防止していた。

(2) 閲覧席の机の上部に閲覧上の注意事項(閲覧中は禁煙であること、ペン、ボールペンは使用せず鉛筆を使用すること、登記簿、図面等を外に持ち出さないこと、分からないことは係員に尋ねること)を記載した表示板(縦四四・五センチメートル、横五九センチメートル)を天井から吊し閲覧者に注意を喚起していた。

(3) 各職員を閲覧席の周りを取り囲むような形で配置し、閲覧担当登記係官は登記簿の搬出入時、閲覧者の質問に応じる時やその他の職務の合間に閲覧者の監視をし、さらに他の職員も仕事の合間に可能な限り閲覧者の行動に注意を払い、閲覧者の監視をしていた。

(五) 本件登記所の事務の繁忙状況、これに対応する職員の数及び登記事務の迅速な処理の要求に鑑みれば、本件登記所は社会通念上要求される監視体制を十分備えていたものである。

(六) これに加えてさらに登記所の職員が個々の閲覧者の一挙一動について常時監視する義務はない。

すなわち、本件のような犯罪が発生する確率は低く、一人あるいは数名の閲覧者に一人の担当登記官を配置し、閲覧者の一挙一動について監視することは予算上不可能であって、仮にそのような体制をとったとしても本件のように担当登記官や職員の一瞬の隙をつく計画的かつ巧妙な犯罪の発生を防止することはできないからである。

(七) 昭和五八年一二月当時本件登記所は閲覧室への鞄や紙袋の持ち込みを禁止していなかった。それは当時本件のような犯罪の発生が予想されていなかったことや、持ち込みを禁止した場合閲覧者の荷物については同所が責任をもって保管することとなるが、そのようなことは本件登記所の物的、人的設備に鑑みて不可能であり、またそのような措置をとれば多くの善良な閲覧者の円滑かつ信頼のある閲覧を阻害してしまうからである。

しかし本件登記所の職員は持ち込まれた鞄等について全く注意を向けなかったわけではなく、それらが机の上に置かれている場合には机の下に置くよう注意していた。

2  登記官の行為と損害の発生について

(一) 監視行為と損害の発生について

原告は昭和五八年一二月一七日に初めて被告丁原に会ったにもかかわらず、同人の資産状態を確認するために同人の身元、経歴、取引銀行等の調査を全くせず、また本件土地の前主に対して被告丁原との取引の有無を確かめ、同人が本件土地の所有者であることの確認をすべきであるのにこれをせず、原告は融資に先立ち本件土地の登記簿謄本を本件登記所で取り、知り合いの不動産業者に本件土地の時価を問い合わせただけであって、他に調査らしいものをしていない。

また本件取引において被告丁原は登記済証を持参せずに原告に融資を申し込んでいることや、一億円の担保価値のある本件土地について融資を申し込んだ額が四〇〇〇万円程度と低く、担保余力も十分あるので銀行等の金融機関から低利の融資を受けることができるのに月六分というかなり高利の利息を甘受していることなど本件取引には不審な点があるにもかかわらず、あえて原告は危険を犯して被告丁原に融資したものであって、右損害はもっぱら原告の不注意によって生じたものというべく、登記官の過失と右損害との間には相当因果関係はない。

(二) 登記簿謄本の作成交付と損害の発生

原告は被告丁原が昭和五八年一二月一九日にかねて約束していた本件土地の登記済証を持参しなかったので、右被告の融資申込みを一旦断っているが、後日右被告から本件土地の登記済証を提示された途端に態度を豹変させて、融資に応じたことや、不動産を担保に融資する場合には右不動産に抵当権を設定するだけでなく、融資を受ける者との間で代物弁済予約をしたうえ不動産について所有権移転仮登記も同時に受けておき、融資を受けた者が弁済期に弁済できない場合には所有権移転の本登記をして右不動産を取得し、それによって貸金を回収をするという原告の取引方法からすると、被告丁原が右各登記に必要な本件土地の登記済証を持参しなければ原告が同被告に融資することはあり得なかったのであり、本件土地の登記済証の有無が原告の被告丁原に対する融資の可否を決めた決定的要因であって、本件土地の登記簿の謄本だけでは原告は被告丁原に融資することはなく、同人は右に述べたような損害を被らなかったのであるから、本件土地の登記簿謄本の作成、交付と右損害発生との間に相当因果関係はない。

(三) 損害額について

原告が被告丁原に交付したのは融資金の四五〇〇万円から利息五四〇万円、名義変更費用一二〇万円、取引手数料二〇万円、仮登記費用一〇〇万円、岩村に対する仲介手数料五〇〇万円を各控除した金三二二〇万円である。

四  被告国及び同田中の抗弁

1  損害の填補

原告は損害の填補として岩村から五〇〇万円、被告田中から一〇〇万円をそれぞれ受領しているのであって、この合計額六〇〇万円は次に述べる過失相殺した後の損害額より控除されるべきである。

2  過失相殺

原告には本件損害の発生について以下の過失があり、被告国及び同田中の賠償額の算定について考慮すべきである。

(一) 原告は金融業の経験が一〇年あるにもかかわらず、被告丁原の身元の調査や同人が経営する京葉ハウジングについて信用調査を全くせず、また紹介者の岩村に対し被告丁原の身元の説明を求めていない。

(二) 本件土地は更地であってその担保価値が一億円以上あり、銀行等から低利で四〇〇〇万円程度の融資を受けることは極めて容易であったにもかかわらず、被告丁原は弁済期が二か月後、右融資額より二か月分の利息として五四〇万円を天引きされ、さらに多額の手数料や仲介料を控除され手取は三二二〇万円にしかならなかった。さらに本件土地に所有権移転、根抵当権設定及び賃借権設定の仮登記手続をし、返済が遅れた場合は本件土地を直ちに原告に譲渡すべく登記済証等も預けるという悪条件を甘受している。

(三) 被告丁原は原告に対して本件土地の購入資金を京葉ハウジングが支出したことによって、同社の運転資金が不足を来たしたので、右土地を売却しその売却代金が入ってくるまで運転資金として右融資を受けたい旨申し入れている。

しかし被告丁原が本件土地について森下一男から所有権移転登記を受けたのは登記簿上の記載では昭和五八年三月八日であり、また本件土地には被告丁原がその購入代金借り入れのために担保権も設定しておらず、本件土地の購入代金を京葉ハウジングが支出し、そのことによって同年一二月になって急に同社の運転資金が不足したという説明は不自然であり、もっと早いうちから本件土地を担保に銀行等から融資を受ける等の対策を講じることも可能であったはずである。

いずれにしてもほんの数日のうちに急に予想外の資金不足を来たすことについて被告丁原から何らの合理的説明をも受けていないのに原告は本件融資をしたものである。

(四) 原告は被告丁原に融資をするに際して本件土地の登記簿を確認し、不動産業者に本件土地の時価を尋ねただけであって、他に何の調査もしていない。

(五) 原告から融資実行の際には必ず登記済証を持参するように指示されており、原告が登記済証に固執していたことを十分に知っていたにもかかわらず、被告丁原が融資を受ける当日登記済証を持参せず、持参できない理由について予め説明もしていないのは不自然であり、原告は被告丁原が嘘言を用いていることを容易に看破できたはずである。

(六) 被告丁原は原告主張のとおり原告に融資を申し込む直前に他の金融業者に対して融資を申し込んだものの、相手方に前主を確認すると言われ融資を受けることを断念しているのであって、金員の騙取を免れた他の金融業者は前主を確認するとか担保土地の実測図を要求するなど慎重な態度を取ったために騙取を免れているのである。

五  原告の主張

1  損害の填補について

(一) 原告が右岩村より五〇〇万円を受取ったことは認めるが、これは本件の損害賠償金の弁済とは何等の関係もない。

(二) 被告田中から一〇〇万円の支払を受けたことは認める。右は本件損害賠償金について昭和五八年一二月一九日以降生じている遅延損害金に充当されるものである。

2  被告田中の過失相殺の主張に対する反論

被告田中は金員を騙取した者についても過失相殺の余地があると主張しているが、故意に不法行為をした者について過失相殺の余地はない。

3  被告乙川の主張に対する反論

被告乙川の共謀の内容は被告丁原に所有権移転登記がなされているように不動産登記簿を偽造したうえその土地を担保にして被告丁原が表に出て金融屋から金を引くという内容のものであって、特定の金融業者から騙取するという内容のものではなかった。さらに被告乙川は伍代商事の訴外岩村と話をするように言い、その岩村が原告を紹介したものであって、因果関係は十分にあり、しかも同人は原告から騙取した金員の一部(一三〇〇万円)を取得しているので損害賠償責任がないとはいえない。

4  被告国の過失相殺の主張に対する反論

原告は本件融資に関して街の零細不動産担保金融業者として要求される注意は払っているから原告に落度はない。

(一) 被告丁原は金融業者伍代商事の社員である滝沢公和(以下「滝沢」という。)及び同岩村が原告に紹介した客であり、いわゆる飛び込みの客でなかったこと、融資の申込時期が年末であり、銀行の融資が間に合わないのでとりあえずつなぎの資金として融資を受けたいという被告丁原の説明は自然である。

(二) 被告丁原は本件土地を売却して二か月で借入金を返済する予定であったから、長期の融資と異なり不動産の担保価値さえ確認できればよく、それ以上に被告丁原の身元を確認する必要はなく、また確認しないのが実情である。

(三) 被告丁原が融資実行の日である昭和五八年一二月一九日に本件土地の登記済証を持参しなかったのは同人の父が本件土地の購入資金を出したのでそれが同人の金庫に保管してあるからだとする説明は不自然ではなく、また登記簿を確認したうえ被告丁原が現実に本件土地の登記済証も持参して来たのであるから不審な点はない。

(四) 原告は自己の社員である梅原俊夫と金井昭一に命じて本件土地について十分な調査をさせた。

右梅原は昭和五八年一二月一九日の午前中に本件土地について現地調査を行い、接道状況などを含め確認した。その上で最も現地に近く本件土地をよく知っている不動産業者柿沼商事に本件土地の時価を確認したが不審な点はなかった。

金井は登記簿の原本を閲覧して、謄本の交付申請を行い、公図の確認をし、本件土地の権利関係に問題のないことを十分に確認した。

原告は右両名の報告を受け、十分検討のうえ融資しても大丈夫であると判断したものであって、これは通常街の零細な金融業者が不動産を担保に融資を行う時の方法であり、それ以上に融資を受ける者が真実の権利者であるか否か確認するために前主に事情を聞く等のことはやらないのが通常であって原告に何ら落度はない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  争いのない事実

1  請求原因事実のうち本件土地の登記簿の甲区欄順位番号弐番の箇所に原告主張の記載がある事実、被告丁原が同甲野、同乙川と共謀のうえ本件土地を担保に借用金名下に金員を騙取しようと企てた事実、昭和五八年一二月一七日シャトレーイン横浜内のレストランで岩村から原告を紹介された事実、被告丁原が原告に対し、本件土地が真実は自己の所有でないのに自己の所有であるかのように装って、手取額が三〇〇〇万円位になるように右土地を担保に自己の経営する京葉ハウジングの運転資金の融資を申し込み、原告から同月一九日に三二二〇万円を受け取った事実は原告と被告丁原との間で争いがない。

2  請求原因3の事実のうち被告甲野が同丁原、同乙川、同丙沢と共謀のうえ本件土地を担保に金員を騙取した事実は原告と被告甲野との間で争いがない。

3  請求原因事実のうち被告丙沢が同甲野及び同田中と共謀して不動産を担保として借用金名下に金員を騙取することを企て、被告丙沢が同田中とともに本件登記所から閲覧を装って、本件土地の登記簿原本を盗み出し、右登記用紙に原告主張のとおり記入し、予め用意していた登記官荒井と刻した印鑑の印影をその末尾にプリントゴッコで転写して偽造し、再び閲覧を装って、これを登記簿の所定の位置に戻した事実、被告丙沢が同田中とともに本件土地の登記済証を偽造した事実は原告と被告丙沢との間で争いがない。

4  請求原因事実のうち被告田中が中村方に泊っていた事実、被告田中が同丙沢と本件登記所に行き不動産登記簿の謄本の交付申請をした事実、土地の公図写しを作成した事実は原告と被告田中との間で争いがない。

5  請求原因事実のうち本件土地登記簿に原告主張の記載がある事実、本件登記所に設置されていた鏡が一個である事実、本件登記所の職員が登記用紙の枚数を確認していなかった事実は原告と被告国との間で争いがない。

二  本件金員の騙取

以上の争いのない諸事実(争いのない当該被告以外の被告らの関係では弁論の全趣旨として後記事実認定に供する。)〈証拠〉によれば以下の事実が認められる。

1  土地登記簿の偽造

(一)  被告甲野は知人の大塚武尚から昭和五八年一一月初め頃、同人の知り合いである被告丙沢のために融資先を紹介して欲しいと頼まれ、金融業者の代照を紹介した。

ところが、被告丙沢が自己の実弟丙沢幸彦所有のマンションを自己の所有であるかのように装って、これを担保に右代照から八五〇万円を借り受け、同月下旬ころ右マンションが同被告の所有でないことを代照に知られたため、被告丙沢及び同人を紹介した被告甲野は代照から八五〇万円の返済を強く求められ、同年一二月二日被告甲野は代照に対して同五九年一月末日までに八五〇万円を責任をもって支払う旨の誓約書を差し入れた。その後被告甲野が被告丙沢に対して右金員を一日も早く代照に返済するよう求めたところ、被告丙沢は同人の父所有の土地を担保に金策をして、返済すると返答したが、結局それは実現しなかったので、両名は右金員の工面に窮することになった。

(二)  同年一二月の初め頃被告甲野は同丙沢と同田中に横浜市南区中村町二丁目一一四番の二の中村方を居住場所として紹介し、右両名はしばらくの間そこに居住することとなった。同月四日夕刻被告甲野は中村方にやって来て、被告丙沢と同田中に対して他人名義の土地登記簿の原本を登記所より窃取したうえで、その土地の所有権が他に移転したような虚偽の記載をして登記簿を偽造し、それを利用して借用金名下に金員を騙取する計画を提案したところ、同人らはこれに賛同した。そこで翌五日の夜被告丙沢と同甲野は訴外渡辺弘道を案内役にしてその対象とすべき金沢区内の他人名義の更地を一〇個所選定し、翌六日被告丙沢と同田中は本件登記所へ行き、大滝宏という偽名を使って右選定した土地の登記簿謄本の交付を受け、さらに公図の写しを作成し、これらを一旦中村方に持ち帰り、同日の夕刻同所に来た被告甲野にこれを手渡した。翌七日に被告甲野は被告丙沢と同田中に対して右選定した土地の中から森下一男名義の土地登記簿原本を本件登記所から窃取して、偽造することを伝え、被告丙沢と同田中はこれを承諾した。

(三)  被告甲野は同月一〇日に以前から顔見知りであった被告乙川に対し、本件土地の所有権を森下一男より取得した者として偽造した登記簿上に氏名を記載し、所有者になりすまして、金融業者から金員を騙取する役割を果たすのに適切な人物の紹介を依頼したところ、同月一一日に被告乙川は横浜市中区所在の喫茶店で被告甲野に対して、被告丁原を紹介した。右三名は本件土地の登記簿を偽造したうえ本件登記所でその登記簿謄本の交付を受け、これを利用して金融業者から金員を騙取することを共謀し、被告乙川において金員を騙取する対象の金融業者を探し、被告甲野において登記簿の偽造を実行する被告丙沢や同田中と金融業者から金員を騙取する被告丁原及び同乙川とのパイプ役をつとめることとし、騙取した金員は被告甲野、同丙沢、同田中、同丁原、及び同乙川の間で五等分する旨合意した。その際被告甲野は同乙川から同丁原の印鑑証明と住民票を受取った。

(四)  同日被告甲野は、中村方に行き被告丙沢、同田中に対して金融業者から金員を騙取する者(被告丁原)の氏名、住所を知らせ、さらにもう一人の協力者(被告乙川)がいることを示唆し、そして、騙取した金員については被告甲野、同丙沢、同田中、同丁原、同乙川の間で五等分する旨の話をした。

(五)  同月一二日午前一〇時頃被告丙沢と同田中は本件登記所へ行き、被告丙沢がまず大滝宏という偽名を使って森下一男名義の土地の登記簿の閲覧を申請し、右土地の登記簿が編綴されているバインダー式の登記簿冊を担当登記官より受取り、被告丙沢と同田中は閲覧室の一番奥に入り、被告田中は同丙沢の左隣に座り、本件登記所の職員の隙を狙って被告丙沢が右バインダーの止め金を外し、被告田中が本件土地を含む森下一男名義の二筆の土地の甲区欄登記用紙四枚を右手で抜き取って同被告が予め用意していたタイプ用紙の間にはさみ込んだうえ所携の紙袋に入れて本件登記所の外へ持出し、被告丙沢は右バインダーを元どおりにして右登記簿冊を担当登記官に返却した。

同日被告丙沢と同田中は本件土地の登記簿の偽造に使用するため被告甲野の紹介で横浜市南区永田東一丁目八番一七号所在の株式会社三協社から中古のタイプライター一台を購入したところ、登記簿偽造に必要な活字が不足していたので翌一三日に横浜市中区不老町二丁目一〇番四号所在の日本タイプライター株式会社横浜支店から不足分の活字を購入した。

(六)  同一三日夜から翌日にかけて中村方において被告丙沢と同田中は協力して、登記記入に使用しているものと同型の活字を装着した右タイプライター及び片面カーボン用紙を用いて本件登記所から抜き取ってきた本件土地の登記用紙甲区欄中の順位欄に「弐」、事項欄に「所有権移転昭和五八年参月八日受附第五七弐九号、原因昭和五八年参月八日売買、所有者東京都新宿区新宿○丁目×番△号丁原三郎」と記入した。

次に登記簿謄本に押印された登記官荒井名義の印影をカッターナイフで切り取り、右印影をプリントゴッコを用いて右記載事項の末尾に転写し、本件土地の所有権が森下一男から被告丁原に移転したかのように登記簿原本を偽造した。

(七)  同一四日再び被告丙沢、同田中、同甲野は本件登記所に行き、被告丙沢が本件土地の登記簿の閲覧を申請し、担当登記官より登記簿冊を受取り、閲覧室に入り、被告丙沢がバインダーの止め金をはずしたところへ被告田中がタイプ用紙にはさんで紙袋に入れて持っていた右偽造登記簿原本を取り出し、これを右登記簿冊の所定の位置に挿入、編綴したうえ右簿冊を担当登記官に返却した。同日被告甲野は本件土地の登記簿謄本の交付を受けた。

2  登記済証の偽造

同日被告丙沢と同田中は横浜市鶴見区下末吉二丁目一二番五号所在の文房具店有限会社宏栄商事で不動産登記申請用紙一式を購入し、翌一六日夕刻中村方において前日被告甲野が持ってきた横浜地方法務局松田出張所作成名義の登記済証を参考にして被告丙沢、同田中は協力して右所有権移転登記申請用紙に所要事項を前記タイプライターで印字した後、同日午後八時頃必要な機材を持って横浜市中区末吉町四丁目八一番地所在のニューオオタニイン横浜に行き、同所六一六号室において右登記済証の登記済印をタイプ用紙に写し取ったのちプリントゴッコを使用して右登記申請用紙に転写し、右転写した登記済印の受附番号欄にナンバリングを用いて受附番号を記入し、さらに右登記済証の順位番号欄内の番号を消したうえでプリントゴッコを用いてこれを右申請用紙の登記済印右側の所定の位置に転写し、右申請用紙の代理人欄にあらかじめ用意していた杉本名義の印鑑を押捺して本件土地に関する本件登記所名義の登記済証一通を偽造し、同一八日に被告丙沢が同甲野にそれを手渡した。

3  金員の騙取

(一)  本件土地の偽造登記済証作成前の同月一四日被告丁原は同甲野から本件土地の登記簿の謄本を受取り、被告甲野らとの前記共謀に従って金員の騙取にとりかかることとし、まず被告乙川の発案で東京都八重州所在の不動産金融業者ユニオントレードに行き、本件土地が真実は自己の所有でないのに自己の所有であるかのように装って、本件土地の登記簿謄本を示して一億円の融資を申し込み、右土地を担保に借用金名下に金員を騙取しようとしたが、相手方から実測図の提出を要求されたもののこれを用意できず、このため相手方から前主の確認をすると言われたので融資を受けることを断念した。

(二)  そこで次に被告丁原は伍代商事から借用金名下に金員を騙取しようと企て、同月一七日午前一一時頃同所を訪れ、同商事の社員の滝沢に対して本件土地を担保に手取額三〇〇〇万円位の融資を申し込んだが、同社が貸出中止期間中であったため、融資を受けることはできなかった。

(三)  右滝沢は被告丁原に対し他の金融業者を紹介することとして、同社の社員である岩村に命じて被告丁原とともに横浜市中区不老町一丁目二番地の五所在のシャトレーイン横浜のレストランで待機させたうえ、当時グレート商会と称して金融業を営んでいた原告を同所に同行した。

そこで岩村が被告丁原を自己の友人として原告に紹介し、被告丁原は、本件土地が真実は自己の所有でないのに自己の所有であるかのように装って、本件土地を担保として借用金名下に金員を騙取する目的のもとに自己の経営する京葉ハウジングの運転資金として本件土地を担保に融資を受けたい旨原告に申し込んだところ、原告から融資のためには本件土地の登記済証が必要であると言われたため、被告丁原は同月一九日午後五時ころ前記偽造にかかる本件土地登記済証を持参して同区万代町一丁目二番八号所在の鈴木ビル三階三〇三号室のグレート商会事務所を訪れ、同所で改めて原告に対して融資を申し込んだ。原告は被告丁原から本件土地の登記簿謄本の交付を受けるとともに前記偽造にかかる本件土地の登記済証を示されたため、これらの記載により被告丁原が本件土地の真の所有者であると誤信して、同日午後六時ころ同区不老町一丁目六番地の一〇所在苗場ビル三階三〇一号室の市川司法書士事務所において司法書士前島俊巳立会の下で右被告との間で元本四五〇〇万円、弁済期同年二月一八日、利息月六分の約定で金銭消費貸借契約を締結し、同人に対して右貸付金四五〇〇万円から利息五四〇万円、名義変更費用一二〇万円、取引手数料二〇万円、仮登記費用一〇〇万円を控除した三二二〇万円を交付するとともに、被告丁原の同意のもとに岩村に対して仲介手数料五〇〇万円を交付し、また仮登記の費用として一九万八一二四円を支出した。

(四)  こうして被告丁原、同甲野、同丙沢、同田中及び同乙川は前記共謀に基づいて原告から三二二〇万円を騙取するとともに仲介手数料五〇〇万円及び仮登記費用一九万八一二四円の損害を被らせ、結局これらを合計した三七三九万八一二四円の損害を原告らに被らせた(以下「本件事件」ともいう。)。

4  これに対し被告田中は右認定の犯罪事実には全くかかわっていない旨主張し、〈証拠〉中には右主張に符合するかのごとき部分も存する。しかし、前記認定のとおり被告田中は本件土地の登記簿原本を偽造した被告丙沢と昭和五八年一二月初め頃より中村方で同居し、被告丙沢が同甲野と本件犯行に関する種々の打合せをしている場に居合せ、本件土地の登記簿の抜取とその返戻の際にも被告丙沢に同道して本件登記所に赴いているなど常に行動を共にしていたことや原告から騙取した金員の一部を被告甲野から受領していること及び右〈証拠〉がいずれも同被告の供述調書であることに鑑みると右〈証拠〉の符合部分はにわかに信用できず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

また被告乙川は同甲野及び同丁原との共謀内容は被告乙川が選定した金融業者から金員を騙取することであって、それ以外の者から金員を騙取することまでの共謀はないから同被告が被告丁原に紹介したユニオントレード及び伍代商事から金員を騙取できなかった時点で右金員騙取の謀議は消滅している旨主張するが、右のように騙取相手を限定して金員騙取の共謀がなされたと認めるに足りる証拠がないばかりか、本件金員騙取にいたる経過においても被告乙川において特に騙取相手を限定しなければならない必要性や合理性も認められないのであって、被告乙川の右主張は理由がない。

5  原告は天引きした利息の利率は月五分で金額は二か月分の四五〇万円であり、また仮登記費用の額は二〇万円であった旨主張するのでこの点について判断する。

(一)  〈証拠〉中には天引利息の利率が月五分であったとする部分があるが、他方原告自ら本件訴状で利息が月六分であったと主張し、本件詐欺事件で検察官の事情聴取を受けた際にも同様の供述をしている(前顕丙第四号証)うえ、被告丁原や滝沢においても取調官に対して同様の供述をしている(前顕乙第四号証、丙第五号証)ことに照して信用できず他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  仮登記費用についても、原告本人尋問の結果中及び前顕甲第三号証(原告の司法警察員に対する供述調書)中には原告が仮登記費用として二〇万円控除した旨の部分があるものの、右各証拠部分は前顕丙第四号証(原告の検察官に対する供述調書)、第五号証(被告丁原の検察官に対する供述調書)と対比して信用できない。

三  国の責任

1  登記官の登記簿閲覧監視義務について

(一)  登記簿を閲覧させる事務は不動産登記という公証事務に密接に関連する国の事務であるからこれを管掌する登記官は国の公権力の行使にあたる公務員に該当し、登記官は登記事務を行う者として閲覧申請者が登記簿を閲覧するについて、登記簿の滅失、紛失、破損、汚損、登記用紙の脱落、抜取、不正記入等が生じないようこれを防止すべき注意義務があるというべきであり、これを受けて、細則九条は「登記官ハ登記用紙ノ脱落ノ防止其他登記簿ノ保管ニ付キ常時注意スベシ」と規定し、さらに同三七条において「登記簿若クハ其附属書類又ハ地図若クハ建物所在図ノ閲覧ハ登記官ノ面前ニ於テ之ヲ為サシムヘシ」と規定し、準則二一二条には登記簿等を閲覧させる場合には次の各号に留意しなければならないと規定している。

(1) 登記用紙又は図面の枚数を確認する等その抜取、脱落の防止に努めること。

(2) 登記用紙又は図面の汚損、記入及び改ざんの防止に厳重に注意すること。

(3) 閲覧者が筆記する場合には、毛筆及びペンの使用を禁ずること。

(4) 筆記の場合は、登記用紙又は図面を下敷にさせないこと。

(5) 閲覧中の喫煙を禁ずること。

(二)  〈証拠〉によれば本件事故のあった昭和五八年一二月当時の本件登記所における不動産登記簿閲覧の監視体制は以下のとおりであったことが認められ、これに反する証拠はない。

(1) 閲覧場所は事務室内のほぼ中央部分に設けられ、そこに一八席程の閲覧席が用意されており、閲覧者は事務室の倉庫の方向に向いて座ることになっていた。そしてこれを囲むようにして甲号事件受付係、甲号事件権利担当調査官、表示登記関係調査官、認証係、総務登記官の計七名の職員の席が設置されていた。

(2) 乙号事件受付登記簿を倉庫にとりに行く職員はその行き帰りに閲覧席を監視し、あるいは職員が席を立って事務室外にあるトイレに行く途中にも閲覧者を監視していた。また甲号事件権利担当調査官は閲覧席のそばをよく通るのでその際に閲覧者を監視していたが、専門の監視員は一人も置いていなかった。

(3) 閲覧者監視用の電動の鏡を設置し、多くの職員によって監視できるように配慮し、不正行為が行われることを心理的に抑止していた。

(4) 閲覧席の机の上部に閲覧上の注意事項(閲覧中は禁煙であること、ペン、ボールペンは使用せず鉛筆を使用すること、登記簿、図面等を外に持ち出さないこと、分からないことは係員に尋ねること)を記載した表示板を天井から吊し閲覧者に注意を喚起していた。

(5) 本件登記所においては登記簿閲覧の前後において登記簿冊に編綴されている登記用紙の枚数を確認することはしていなかった。

(6) 閲覧席を司法書士等と一般の者に分け後者については監視を強化するというような措置は採っていなかった。

(三)  また証人松本操の証言によれば昭和五八年当時の本件登記所の年間の乙号事件数は約七二万件であり、そのうち閲覧件数は約二七万件で、職員は本来の職務が忙しいため閲覧者の監視が行き届かず、当時本件登記所の所長であった右証人松本操は専門の監視員を設置して欲しい旨の要望を上申していた事実が認められ、これに反する証拠はない。

(四)  前記認定の事実によれば、被告丙沢は本件土地登記簿の閲覧を装い、登記簿冊のバインダーの止め金をはずし、本件土地の登記簿の甲区用紙を取り外し、被告田中があらかじめ用意していたタイプ用紙に右登記用紙をはさみ、これを同人が閲覧室に持ち込んでいた紙袋の中に入れ本件登記所の外に持ち出し、右登記用紙に偽造の登記事項を記入のうえ登記用紙抜取の際と同様の手段方法により閲覧を装って登記簿冊を受取り、先に抜き取った登記用紙を登記簿冊中の所定の位置に挿入、編綴して登記官に返戻したが本件登記所の担当登記官は右の一連の犯行により登記用紙の抜取、改ざん等の結果が生じていたことを発見できなかったものである。

(五)  以上の事実によると本件事件の発生原因は閲覧室に筆記用具以外の鞄等の持ち込みを禁止せず、閲覧者が足元に置いている状況にあった(丙第二号証の一ないし一〇)ことを黙認し、閲覧前後に登記用紙の枚数確認をしなかったため、所携の紙袋の中に登記用紙を入れて本件登記所外に搬出されたことを発見できず、また偽造された登記用紙を登記簿の所定の位置に編綴、挿入されたことを発見できなかったことにある。

(六)  そして本件登記所とすれば少なくとも閲覧室に鞄等を持ち込むことを禁止するかあるいは閲覧前後の登記用紙の枚数確認ないしはこれに代わる何らかの措置を採り、閲覧の監視を強化すべきであった(なお準則二一二条は登記簿閲覧の前後に登記用紙の枚数を確認することを一義的に登記官に義務づけているものではないから、登記簿の閲覧の前後に担当登記官が枚数を確認しなかった一事のみを捕えて登記官の閲覧監視の過失をいう原告の主張は採用できない。)ところ、本件登記所において監視用の電動の鏡や注意事項を記載した掲示板を設置するという措置を採っていたものの鞄等の閲覧室への持込みを黙認し、職員が本来の職務の傍ら随時監視するだけで常時閲覧席を専門に監視する者も置いていなかったのであって、右鏡の設置と職員の監視方法によっては閲覧室全体を常時十分監視することはできず、注意事項を記載した掲示板も閲覧者の不正を心理的に抑止するに止まるものでこれらの体制をもっては閲覧監視の手段として十分なものではなかった。

(七)  これに対して被告国は本件登記所としてはその人的物的設備の範囲内で最善を尽くしているのであり、これ以上監視を強化するのは職員の数からいっても無理であり、また稀にしか起らず、予見できない本件のような一瞬の隙を突く計画的かつ巧妙な犯罪の発生を防止することは実際上不可能であるから本件登記所の登記官には閲覧監視義務違反はないと主張するが、登記簿改ざんについては本件以前にも同種の事件が相当数発生しており、本件のような事件は予想し得ることであり、現代社会において不動産登記が不動産の権利関係の確認や証明のために果たしている役割の重大性、国民が抱いている登記簿上の記載に対する信頼性及び国が行政政策の一環としてそのような不動産取引上重要な役割を果たす登記簿の閲覧を認めていることに鑑みれば、登記簿管理は厳重かつ慎重な注意の下になされなければならないものであり、職員が手薄なことをもって閲覧監視義務違反を否定する根拠とはできない。

そうすると本件事件当時本件登記所において適切な監視態勢が採られていたとは認められず、被告丙沢らの犯行が計画的かつ巧妙でその発見が容易でなかったことを十分考慮してもなお担当登記官に閲覧監視義務違反があったといわざるをえない。

2  登記簿謄本の作成交付の際の注意義務

原告は登記官は登記簿謄本の作成、交付に当たっては登記簿原本に改ざん等が加えられていないかどうか確認したうえで登記簿謄本を作成、交付すべき注意義務があるのにこれを怠り、本件土地の登記簿が抜き取られ、改ざんされてもとに戻されたことに気付かず、漫然と登記簿謄本を作成、交付した点について過失があると主張するので判断する。

(一)  登記官による登記簿謄本の作成、交付は、国が設けた不動産登記制度のもとで登記簿の記載内容を公証する重要な行為であるから、登記簿に記載されたところをそのまま正確かつ遺漏なく写し取ることはもとより、当該登記簿の原本が真正なものであることを確認のうえで慎重になされるべきである。

もっとも、登記簿は登記所において厳重に保管され一般人が自由に手にすることができず、登記簿が偽造されること自体が希有な事例であることや、極めて多数の登記簿謄本が恒常的に作成、交付されている実情からすると、登記簿謄本の作成、交付に当って登記官が登記簿の各記載を登記申請書類等との照合を含めて逐一子細に検討したうえでなければ登記簿謄本を交付できないとすることは登記官に過大な負担をおわせるもので相当でないから、登記官がその職務上の知識経験をもってすれば登記簿が偽造又は変造されたことが容易に知り得たのにこれを看過して登記簿謄本を作成、交付した場合にはじめて登記簿謄本を作成、交付するについての注意義務の懈怠があるというべきである。

(二)  これを本件についてみるに〈証拠〉中の本件登記簿謄本によれば被告丙沢、同田中が抜き取った本件土地の登記用紙に記入した虚偽記載事項は所定の記載例にのっとり本件登記所において登記記入用に用いられているものと似たタイプの活字を使用して記入され、かつ、登記官の認印も正規の認印と酷似しているなど、その記入方法、内容ともに一般人はもちろん登記官が見ても一見してこれが偽造であることを看破できない程度に巧妙になされていることが認められ、現に右証拠によれば本件偽造登記の所有権移転登記に引続いてこれを前提とする根抵当権設定仮登記、所有権移転請求権仮登記、賃借権仮登記が経由された後の昭和五九年二月六日に被告丁原から金井昭一に対する所有権移転登記申請がされた時点で、本件登記所の職員が提出された本件土地の前記偽造登記済証の登記済印等に疑いを抱いて調査したことによりはじめて本件偽造事件が発覚するに至ったことが認められるのである(右認定に反する証拠はない。)。

本件偽造の程度は右に見たとおりであるから登記官が本件偽造の登記記入のある登記簿謄本を作成、交付したことに過失は認められない。

3  登記官の過失と損害の発生の因果関係について

被告国は登記簿の閲覧時における登記官の過失行為と原告の本件貸付による損害との因果関係を否定するが、本件では前記判示のとおり、登記官の過失により登記簿に実体法上の権利を伴わない不実の登記が作り出され、原告は右不実の登記名義人を真の所有者と信じ、本件不動産を担保として金員を貸し付けて損害を被ったものであり、その損害は登記官が前記注意義務を尽くして偽造を防止したならば当然生じなかったものであり、登記官の過失と原告の損害との間には相当因果関係があるものというべきである。

したがって被告国主張の事情は損害賠償額の算定について過失相殺の事由となり得るのは格別として、登記官の過失との間の因果関係まで否定する事由にはならない。

四  過失相殺について

1  〈証拠〉によれば以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  原告は伍代商事に一〇年近く在籍した後昭和五七年七月に独立し、本件事件当時金融業の経験が約一〇年あった。

(二)  原告は本件事件により金員を騙取される二日前の同五八年一二月一七日伍代商事の滝沢から本件融資の話をもちかけられ、シャトレーイン横浜のレストランで岩村からはじめて被告丁原を紹介された。原告は被告丁原に対し本件土地の登記済証を要求したものの紹介者の岩村に対し被告丁原の身元や同人が経営する京葉ハウジングについての説明は求めず、本件土地が更地で担保価値が一億円以上あり、担保権も設定されていないことが判明し、銀行等から容易に融資を受けられることが看取されたにもかかわらず被告丁原に対して銀行等から融資を受けない理由は確認しなかった。原告は社員の梅原俊夫に命じて同月一九日に現地で本件土地の接道状況などの確認と現地に近い不動産業者(柿沼商事)から本件土地の時価を聴取させ、同じく社員の金井昭一には本件登記所で本件土地の登記簿の閲覧と謄本の下付及び公図の確認をさせたに過ぎず、前主の確認や被告丁原に実測図の提供を求めたことはない。

(三)  原告が被告丁原に対して提示した貸付条件は弁済期が二か月後で、月六分の利息天引と本件土地について原告のために所有権移転、根抵当権設定及び賃借権設定の各仮登記手続をし、返済が遅れた場合は本件土地を原告に譲渡すべく登記済証等も預かるというもので被告丁原はこの悪条件を甘受している。

2  以上の事実によれば原告は融資相手の身元確認、担保物件の調査等金融業者として通常払うべき注意を怠り軽々に融資を実行したものといわざるを得ず、前記登記官の過失と対比して原告の右過失を斟酌すれば、原告の過失として六割の過失相殺をなすべきである。

3  なお被告田中は金員を騙取した者についても過失相殺が認められるべきであると主張するが、被告らは故意で原告に損害を被らせたのであるから、原告が被告丁原に積極的に働きかけて融資を誘引したのであれば格別、そのような事実が全く認められない本件においては被告田中に過失相殺を認める余地はない。

五  損害の填補について

1  〈証拠〉によれば原告は本件に関して昭和六一年八月七日被告田中から一〇〇万円、同五九年から同六二年にかけて岩村から五〇〇万円をそれぞれ受領していることが認められ、これに反する証拠はない。

2  被告国以外の被告らについての充当関係は次のとおりである。

(一)  まず岩村から受領した五〇〇万円は原告がこれを仲介手数料を交付したことによる損害の五〇〇万円に充当して本訴請求金額から除外していることが弁論の全趣旨から明らかであるので、これを更に本訴請求金額から控除すべき理由はない。

(二)  次に被告田中が原告に弁済した一〇〇万円については同被告及び原告において右弁済時に充当関係の指定をしたと認めるに足りる証拠がないから、民法四九一条により損害金からまず充当すべきこととなる。

(三)  そうすると右一〇〇万円は前記騙取金額三二二〇万円に仮登記費用一九万八一二四円を合計した三二三九万八一二四円に対する昭和五八年一二月一九日から同五九年八月一日まで(二二六日間)の民法所定年五分の割合による遅延損害金一〇〇万二九八八円の内金一〇〇万円として充当されることになる。

3  被告国についての充当関係は次のとおりである。

(一)  前記のとおり被告国の関係では六割の過失相殺がなされるべきであるから、原告が被告国に請求できる金額は原告が被った前記損害額三七三九万八一二四円の四割である一四九五万九二四九円である。

(二)  次に右過失相殺後の一四九五万九二四九円の損害について前記弁済による充当計算を行うと左記のとおりである。

(1) まず昭和六一年八月七日被告田中から受領した一〇〇万円は右一四九五万九二四九円に対する昭和五八年一二月一九日から同六〇年四月二一日まで(一年と一二四日)の民法所定年五分の割合による遅延損害金一〇〇万二〇三八円(一年分七四万七九六二円及び一二四日分二五万四〇七六円の合計金額)の内金一〇〇万円として充当されることになる。

(2) 次に岩村が原告に対し昭和五九年から同六二年にかけて弁済した五〇〇万円については各弁済の時期が判明しない(認めるに足りる証拠はない。)ので、遅くとも昭和六二年一二月末日にはこれが支払われたものとして計算をせざるを得ず、この方法によると右一四九五万九二四九円に対する昭和六〇年四月二二日から同六二年一二月末日まで(二年と二五四日間)の民法所定年五分の割合による遅延損害金二〇一万六三七〇円(二年分一四九万五九二四円及び二五四日分五二万四四六円の合計金額)及び右(1)で充当後に残った損害金二〇三八円の合計二〇一万八四〇八円に充当され、残りの二九八万一五九二円は元本に充当されることとなるから、昭和六二年一二月末日時点における残元本は一一九七万七六五七円となる。

六  弁護士費用

原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任し、相当額の報酬の支払を約していることは弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等に鑑みると本件不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用は三二〇万円とするのが相当であるから、被告国を除く被告らは右金員を賠償すべきであるが、被告国については更に前記認定の過失割合をも併せて考慮し、右損害額のうち一二〇万円の限度で賠償させるのが相当である。

七  結論

以上の次第で被告丁原、同乙川、同甲野、同田中及び同丙沢は民法七〇九条により原告の被った損害三二三九万八一二四円、前記弁済充当計算上生じた未充当の遅延損害金二九八八円、弁護士費用三二〇万円の合計三五六〇万一一一二円及び内金三二三九万八一二四円について昭和五九年八月二日から支払済みまで、弁護士費用については本件不法行為の日である昭和五八年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、被告国は国家賠償法一条により過失相殺及び充当後の損害金一一九七万七六五七円及び弁護士費用一二〇万円の合計一三一七万七六五七円及び内金一一九七万七六五七円については昭和六三年一月一日から支払済みまで、弁護士費用については本件不法行為の日である昭和五八年一二月一九日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合の遅延損害金の支払義務がある。

よって原告の被告らに対する本訴各請求は右認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言(但し、被告国に対する仮執行の宣言は相当でないからこれを付さない。)につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊 昭 裁判官 宮岡 章 裁判官 今中秀雄)

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